街角に立つことで松阪市は良くなるのか??

今年の7月には、松阪の市議会議員選挙が行われます。

新聞報道等で新しい立候補者が表明しています。
(ちなみに松阪市の選挙管理委員会によると「候補者が自分で“選挙に出ます”」と言うのは公選法の違反に該当するとのこと。)
今のところ、新聞では3名の方が新聞取材の結果、表明をされています。

 

・ひとりは第4小校区出身で現在は嬉野にお住まいですが、小さいころに松阪を離れた50代の女性

・ひとりは私も良く知る50歳前後の男性で、大石地区の方。一緒にいろんな活動をしてきたので気心知れた方です

・ひとりは三雲校区にお住まいの30代の女性

 

議会に新陳代謝は必要だと思います。
いつも同じメンバーでいると同じ考えや同じ空気でマンネリ化が生じます。変化が生まれづらいです。
よく言われることですが、本当に変化が多く、その速度も速い時代です。その速度や変化についていくためには、時に変化を生みだそうとする雰囲気やその速度についていこうとする空気感が必要です。デジタル庁でやろうとすることは大賛成ですが、地方議会を構成する一人として、その政策を市町でどこまで具現化できるのか?と考えると少し頭が痛いです。
それは、やはり理想の未来と現実とのギャップを感じるからです。

 
また、政治の世界はどちらかというと、次代をつくる作業は弱い世界だと感じています。仕組み上、仕方がない部分もありますが、それでも前を向いていくことをしようと思うと、新しい顔ぶれだけではこの空気感は生まれません。
大事なのは「バランス」です。経験ある人と、新しい考えの人がうまく混ざり合うことが大切です。
議会の仕組みがわかる人がいて、議会経験のない人に意見を言いやすい雰囲気づくりができます。また、難しいのが、経験があるだけでこれをできない人もいます。どんな団体であっても、まとめる力というのは少し人を選びます。
言いたいことを言うだけが議員の仕事ではありません。街角に立つだけでは、松阪市は良くなりません。
意見を出し合い、ぶつけ合い、感情的になろうとも建設的かつ生産的な議論の先に、議員の存在意義はあると考えます。
その一言一言のために、日々の研鑽があると思っています。